トライアスロンをライフワークとするYabyが綴るめしメニュー。たまにワンコもね。


by yyaby
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今日は悪いツアー会社(以降、悪ツア)で申し込んだ”ラクダに乗って砂漠の夕日を見よう”ツアーに行った。

迎えの人間が時間を過ぎても全然こないので、手違いがあったか...と思ってホテルのフロントの人に相談しようと思っていたら15分遅れで来た。

その男はこの後別のホテルに他のピックアップする人を迎えに行ったが、なかなか帰ってこない。
電話をしながら戻ってきて、どうやらキャンセルしてきたらしい。

男が何故か私に電話を渡す。

「今日はもう出来ないから、別に日にしてもらえないか?」と、電話の先でもの全然聞き取れない英語で誰かが言う。

「なんでダメなの?別の日にはできないんだけど。」と私が言う。
「今日ダメならお金今返して。」と付け加える。

その男は5分後に電話するといって切った。

まったくぅ~、これだからエジプトってヤツはー。
このままトンズラされるかなぁと思っていたが、電話はしばらくしてかかってきた。

「いまから来て大丈夫だから。」

なんじゃそりゃ。
まあいいや、時間に穴あけられなくて良かったから。


車は砂漠の道路をひた走り、ある小屋の立ち並ぶところで私を降ろした。
小屋には数等の馬がいた。
さっきの電話の主のオヤジが出てきて、「風が強いとCamelに乗れないんだよ。でも夕方になって治まったからもうOK。」と説明する。

ラクダ乗り案内はこのオヤジではなくて、でてきたもう一人の若い男の子だった。
車にまた乗って、ベドウィンがいるところまで行くという。

舗装されていない砂漠の道を砂煙をあげながら車が走る。
向こうには4駆バギーの大群が列をなして砂漠を走っているのが見える。

しばらくしてベドウィンの家が見えてきた。
昔社会の授業で習ったベドウィンとは、砂漠の遊牧民族で羊やラクダを放牧している民族の事だった。
勝手な思い込みだったが私の中でのイメージは、羊の皮かなんかで作られたテントにターバンを巻いた男たちが銃なんか持ちながらいて、たまに馬とかで出かけたりするみたいなそんな感じ。どちらかというと戦う民族なイメージ。

だが、実際は住んでるところは掘っ立て小屋のようだ。
典型的なベドウィンのうち
移動するから小屋で十分なんだが、何だか隅田川に立ち並ぶホームレスのうちっぽい。

家にいるのは女と子供で、男は働きに出てる。
羊でも遊牧しに行ってるのかと思ったら、何気にTAXIドライバーとかもいるらしい。
いやはやイメージと現実は合わないもんだ。

TAXIドライバーのお父ちゃんを持つうちはまだ良いとして、一般的に生活はどうしてるのかなぁ、食べていけるのかなぁと疑問に思った。
次の日のツアーで、「政府の補助とかあるの?」と聞いてみたら、補助金なんてものは皆無らしく、彼らはラクダや羊を売ったりして金にしているそうだ。
そして、ラクダは結構なカネになるらしい。
実は金持ちかもな、ベドウィン族。


ベドウィン一家の長男(勝手に決めた)が出てきてラクダを引っ張ってくれる。
ツアーの男の子とベドウィン長男

生まれて初めて乗るラクダ。
ラクダが座っている時に乗って、長男が立ち上がるように指示する。
ラクダは後ろ足から立ち上がり、その途端、前につんのめって落ちそうになる。
でも、前足を立てたら水平になって高ーいラクダの背中の上になる。

ラクダはゆっくり歩き出し、左右にムニュムニュと揺られながら動く。
ラクダに乗ったぞ

夕暮れの砂漠をゆっくりと歩く。
3人と1匹の影

途中で他のラクダ乗りたちに出会う。

3,40分ぐらいだろうか、結構乗っていたと思う。
最後に、かわいいラクダとかわいい私


この後は(実は知らなかったのだが)、丘に登って砂漠に沈む夕日を見るというアトラクションがあった。

ツアーの男の子が、「早く、早く!」と言いながら、ゴツゴツの岩山に私を登らせる。
頂上まで行って、「あーあ、間に合わなかった、ゴメンねー。」と言う。
何でそんな急がせるのかと思っていたら、サンセットに間に合わせようとしていたからだった。

一緒に写真を撮ろうというのでカメラを渡したら、カップルみたいに並んで前にカメラを差し出して撮った。
公開したかったが、Leeにでも見つかると問題となるので早々に削除してしまった。

その後、馬小屋に戻って車でシャルムに戻った時にはすっかり暗くなって、シャルムの繁華街のネオンとは対照的に、砂漠の方はただの闇になっていた。
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by yyaby | 2006-05-31 01:11 | おたのしみ
今日はオフの日。
何もしないでダラーっとする。

朝のまださわやかな時に丘に登ってみる。
丘の上には白い壁の作りでプール付きのRichな人たちの別荘が立ち並んでいる。
別荘に敷地には入っていないが、丘の上は特にサインもなかったので、上って街の写真を撮っていたら、怒られた。
丘から見たマリーナ
丘から見たシャルムの街
怒られたから写真を撮って、早々に立ち去った。

この丘の斜面は夜8時くらいになると、エジプト音楽のライブをやってて、テーブルと椅子でエジプシャン・ティーなどがタダで飲める。
このエジプト音楽というのが、ギターとかドラムとかそのいうものは無くって、ヘビ使いが吹いてるみたいなクラリネット(音で例えるなら鼻をつまんだバグパイプみたいな感じのヤツ)がハイテンポでピロピロし、それに合わせてアフリカンパーカッションみたいなのがやかましくパコパコと演奏されてもの。
アフリカンと中東の音楽が混じったような、結構情熱的な音楽。

そのふもとにはこんなお土産やもある。
銃を持つ’みんなのターちゃん’(エジプトおやじ編)


さて、今日は何をするかというと、ビーチでノンビリするのだ。
ビーチは泳ぐには冷たすぎるけど、ダラダラするにはいい。
まあ一応リゾートなビーチ構えだ。
パームツリーとパラソル


ガイドブックでカイロの予習をしたり寝たりしていたら、みんなが空を見てる。
変な黒いセロファンを付けて見てる人がいたので、日食だってわかった。

雲がかかったときに見てみた。
おー、よく見えるゾ。
日食

これがこの地域だけだったのかどうか不明だけど、その日のMSN.comではピラミッドで日食を見てる人がメインのニュースで載っていた。


ダラダラしてたらツアーの勧誘に若い子が回ってきた。
好きなのか何でか知らないけど、Bryan AdamsのTatooを入れてて、自分でも名前をBryanと名乗る。

こういうツアー関係で働いているには若い子が多くて、彼らは言語能力にやたら長けている。
この子はエジプト語の他に、英語は勿論、イタリア語、ロシア語を話すとか言っていた。
父親がエジプト人で母親がイタリア人だって。
「Camelに泊まってるなら、上のBarで夜一緒に飲もうよ。」と誘われたけど、一応人妻なのでお断りした。
カワイかったので残念だ。
20代よ、20代!

自慢というわけではないが、シャルムではこれでもモテモテだった。
と言っても、営業トークでモテてるだけだが、1日に3,4回は「今日の夜は何してるの?一緒に飲まない?」と誘われる。
CamelHotelでも毎日の朝食の時、若いウェイターの子たちに満面の笑で話しかけられる。
一人でいるアジア人が珍しいのか、それともワタクシがそんなに素敵なのか...。

・・・・・。

そこの人、そんなに怒らない怒らない。

とにかく、傷心旅行をするならシャルムはお奨めだ。
傷ついた乙女心を癒してくれる’若い’+’カワイイ’男の子たちがいっぱいだ。(あ、オヤジもたまに寄って来るけどね)


ちなみにシャルムでは街でも道でも、地元の女の人を誰ぇも見なかった。
1週間以上もいて1人も見ないなんて異常だ。
表立って働いているのは男のみ。
そうだなぁ、1回だけ見たのは、悪夢の”ベドウィン・ディナー”の踊り子だけだった。


この後、ビーチ沿いの小道を散歩した。
レストランがビーチ側にあり、反対はホテルとかダイブショップとかが立ち並ぶ。
きれいな花が所々に咲いていた。

この歩いている時にある男が声をかけてきて、”またか”と思ったけど暇つぶしに話していた。
マフメッドだかモハメッドだかそんな名前で、Four Seasons Hotelで働いている。
身分証までわざわざ見せてくれた。
とにかく英語がしゃべりたいからと言ったけど、真意は最後まで疑っていた。

この男自体が問題だったわけではないけど、こいつの紹介のツアー会社がこの後、悪夢のベドウィン・ディナーを含むとんでもない災いをもたらす事になるのである。

が、しかしこの時はそんな事は予想だにしていなかったのであった。
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by yyaby | 2006-05-29 12:13 | おたのしみ
今日のダイビングは Ras Mohamedという国立公園。

ちょっと遠いので朝7時が集合時間。
でも朝メシは6:30AMからOpenなので、しっかり食べてから集合した。

国立公園といっても地上はただの砂漠で建物も何もない。
肝心なのは海の中で、地上に何も建てれないからホテルとか住宅からの汚染が無い。

Ras Mohamedで潜るにはパスポートとビザがいる。
何でビザまでいるのかは分からないが、昨日のBuddyだったSttanが、”ビザ取って無いからRas Mohamedには行けないんだ。”と言っていた。

入場料は確か5EUROだったと思う。
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今日のガイドは初日の時のAmedとイギリス人のVicky。
そしてBuddyは、イギリス人のClive。
Cliveも一人で来てて、仕事がITな人だった。
「ITの中でもどの分野?」と聞くと、
「汎用機。大きいやつ。シンクタンクで計算に使ってるんだよ。」と答えてくれる。
きっと、超難しい内容なんだろうなぁ、と思ってそれ以上は突っ込まなかった。
Cliveはちょっと長い髪もヒゲも赤毛で、落ち着いたものごしで話す。
いかにも理系そうなクールな感じのBritishだった。


さぁ、いつものように海に入る。
ザブン!
国立公園だけあって、透明度も心なしか他より良いように思う。

1本目に見たものはこれ。
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こっちに向かって泳いできて、全然逃げる様子も無い。
真っ青な深い海の中を、ゆっくり空を飛ぶように泳いでいるカメ。
気持ち良さそう。

2本目は、写真に残ってないけど、バラクーダの大群を見た。
バラクーダは日本名をオニカマスといって、映画NimoのプロローグではNimo以外の卵とお母さんクマノミを食べてしまう悪者だったが、ダイバーには全然凶暴な魚ではない。
人のサイトだけど、こんな感じで大群でグルグルしている

人が輪の中に入ってもそのまま大群でグルグルするので、その中に入るのはダイバーの憧れのシチュエーションの一つである。

私たちは、遠すぎて近くには行けなかった。

あと見たものは大きなウツボ。
ウツボも穴からキバの生えた口を開けて怖そうに見えるけど、別に襲おうとしていつも口を開けてるわけじゃないらしい。
単に他の魚と同じように呼吸したり水を出し入れしてるだけなのだそうだ。
でも、下手に指なんか出そうもんなら、勿論噛まれてしまうけど。

2本目も大きなカメを見た。
ここら辺にはどうやら多く住んでるみたいだ。


この日のダイビングも終わってショップに戻る。
明日の予定について確認した。
Dahabのツアーに申し込んでいたが、6人集まらなかったので結局催行されなかった。
どうしようかと思ったけど、明日のポイントであるTiranはもう行ったし何となく疲れてきたのもあったので、ダイビングはチェックアウトして明日は何もしない日にすることにした。

明日は遅くまで寝てやる、と時計のアラームをセットしないでこの夜は眠りについた。
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by yyaby | 2006-05-28 10:45 | おたのしみ
昨日のダイビングチェックが終わったので、今日からは普通のポイントに行く。

今日のポイントはTiranというところ。

朝は8時集合とそんなに早くない。 嬉しい。

ガイドがそれぞれのポイントに行く人たちを点呼して、どのボートで行くかを教えてくれる。
Tiranの担当はRob。
確認してはいないがRobは絶対アメリカ人だと思った。
英語もアメリカーンだし、顔もアメリカ人、そして仕切り方もアメリカ人っぽい。
何がどんな風にと言われると説明に困るのだが、そんな感じなのだ。

「ラ・ルーっていうボートだから。」と教えてくれる。

昔、菊池桃子ってそんなような名前のユニットでしばらく歌ってなかったっけかなぁ???
と思いながら歩いていると、途中で「あ、ラ・ムーだった!」と思い出した。

そういえば菊池桃子って何してるんだろう。確か五月みどりの息子のプロゴルファーと結婚したんだったよなぁ...、と何故かエジプトで往年のアイドルについて考える。

波止場にはダイビングに行くたくさんのボートがとまっていて、タンクや荷物を運び入れるスタッフでごった返している。
忙しそうだ

私の乗るボートが準備OKとなったので、乗り込む。
シャルムのダイビング用ボートはどれも新しくてきれい。
世界からダイバーが来る場所だし、それなりの料金もしてるので、ボートにはちゃんと投資してるみたいだ。
こんなのよん

タイでもそうだったけど、ボートでのルールとして、
-履物ははかない
-下がダイビング準備の場所で、タンクがあるから禁煙
-上がみんながくつろぐところで濡れた状態で入っちゃダメ
-キャビンの中も濡れた状態で入っちゃダメ

これもタイでもそうだったけど、船長さんやクルーはボートに住んでいるそうだ。
海の男たちの暮らしは世界共通なのか。


程なくしてボートはTiranに着いた。
TiranはReefに船が座礁して横たわっているポイント。
Tiran
このReefの回りをダイビングする。

陸もすぐだから浅いと思うかもしれないけど、結構ズドーンと深くなるところもある。
そして潮流が場所によってはすごく強い。

強い潮ってマジ怖い時がある。
昔、体力もバンバンでまだ若かった頃にオーストラリアのグレートバリアリーフに潜った。
泳力にはそれなりに自身があったのだが、あるポイントですごぉーーーく潮が強かったところがあって、泳いでも泳いでも進まない。
もう一人いた女の子が後ろに後ろに流れていくので、手をとって一緒に頑張って泳いだ。
ボートのロープに若いデカイ男の人がつかまっていたので、ロープに鯉のぼり状態になってるその人のフィンの端をつかませてもらった。
すると!
その男、耐え切れずにロープから手が離れて3人もろとも”あぁ~れぇ~~”とまた潮に流されてしまったのである。
またロープまで泳いで行くのは死ぬ思いだった。

とまあ、このTiranもそこまでじゃないけど潮の強いとこなのだ。
停まった時のボートも潮の向きに垂直か水平かで、揺れが全然違う。

一人のイギリス人のかわいい女の人が、ボートが揺れ始めると”おえぇー”となり、ちょっと向きが変わって止まると普通になり、また向きが変わって揺れると”おぇー”と始まり、オモチャみたいで面白かった。


潮が強いところはドリフトダイビングといって、潮に体を任せてダイビングする方法をとる。

今日はBuddyがいるので、ひとりもん同士が組になる。
今日はSttanというイギリス人のおじさん。最近孫が生まれたそうだ。

2本潜って、今日見たものは、バラクーダ,レイ,大きなハタ、大きなマグロ、大大コーラルガーデン、たくさんの熱帯魚などなど。

今日はもっと深いところまで行って、26M。
だいたいダイビングショップでは28MぐらいをMaxにしてる。
普通にレジャーで潜るときの最大深度は30Mまでで、それ以上深いと体内窒素を抜くためにある深度で何分いて、またそれより浅い深度で何分いて、とかのちょっとした計算が必要になる。

でもあんまり気をつけない人は知らずにすごく深いとこに行ってしまっていたり、他の人たちよりいつも深いところにいてすぐAirが無くなったりする。

今日いたフランス人のおじさん、何故かみんなより5,6Mも下にいたりして、Robが水中でダメダメ上がってと言っても又深いとこに行ってしまって、遂にはRobがおじさんのタンクを上から引き上げていた。
案の定、おじさんは20分もしないうちにAir切れで上がってしまった。

おじさん、1本目の後でRobにお叱りを受けていた...。


2本目が終わり、Sttanに今日はありがとうと言って、ログブックに今日のダイビングを記録した。
今日も楽しいダイビングだった。


帰りに撮った写真。
建設中のリゾートホテル
シャルムにはたくさんホテルがあるが、まだまだ建設ラッシュらしい。

ちなみに海沿いではないけど、2ベッドルームくらいの分譲リゾートは、確か$50,000~$100,000とかそんなようなもんだった。

気候も良いし素敵かも!と一瞬思ったが、ダイビングでもしない限り、すぐ飽きそうだ。
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by yyaby | 2006-05-27 01:09 | おたのしみ
あー、しかし良く寝た。
昨日まであった歯茎の口内炎みたいなのが、すっかり消えていた。
睡眠ってやっぱり大事。

泊まっているホテルはCamel Dive&Resortというところで、その名の通りDivingをする人が多く泊まっている。
Diving Shopもホテル内にあるので便利だ。
高層じゃないけど奥は以外に広く、コの字型に客室が並んでいて、その中庭にはプールがあって、ホテルの全面にはDive Shopとお土産やとイタリアンレストランがある。
もうひとつある中庭にはインド料理のレストランもあって、正面2階はBarになっている。

朝はまだそれ程暑くなくすがすがしい。
昨日は夜だったからわからなかったけど、道路も建物もきれいに整備されている。
ホテルの前の通り

ここは中東は勿論イスラエルにも近いので、そこら辺の人たちが来るリゾートとして有名なところ。
でもヨーロッパからも多くの人が訪れるようで、近年はロシアの小金持ちも多いらしい。
安いホテルは無い。
フォーシーズン、リッツ、ヒルトン等など有名なホテルは必ずある。
私のホテルはその中でも断然安いけど、それでもシングルで80EURO。
でも、きれいだし朝メシも充実してるし、このエリアでこの値段だったらコストパフォーマンスは十分ではないだろうか。

2005年、ブッシュ大統領がここに来た時に、どこかのホテルで爆弾テロがあった。
こんなDivingHotelは絶対狙わないだろうと、いささか安心していたが、この土地は結構あなどれない所なのである。

後日行ったDahabというシャルムよりずっと地味ぃな観光地で、そこもDivingで有名なのだが、ビーチ沿いのみやげ物とかレストランが並ぶ通りで、私がNYに戻った数日後に大きな爆弾テロがあった。
爆弾でぐちゃぐちゃになったその場所を見たら、まさに2週間前くらいに行ったところだった。
シャルムならともかくDahabなんて庶民しか行かないのに。

正直、”あぁ、私がお土産のTシャツを買ってるときにBombされなくって良かった。”って思った。

このNewsを見たLeeが、「旅行前にこのテロがあったなら、絶対エジプトは禁止だったな。(手を×にして)ブッブゥーだ!」と言った。


このシナイ半島で有名なのは、シナイ山のモーゼの十戒。
キリスト教における神聖な土地とされているから、原始キリスト教の修道院が今でも残る。
あとは、遊牧民族で有名なベドウィン族もそのシナイ半島で暮らしている。

シナイ半島は、キリスト教とイスラム教の歴史が入り混じり、そんでもって、国境をアノ争いの絶えないイスラエルとパレスチナに隣接している。
だから、冷静に考えると、爆弾テロが起こってもそれほど不思議じゃない土地なのだ。

まあ、シャルムでリゾート気分に浸っている分には全然そんなことは思いもしなかったが。



さて、ダイビングに話を戻そう。

今日は最初の日なので、レンタルする器具を選んで、その後スキルチェックのために近くにポイントに行く。
知らなかったのだけど、紅海は塩分が高いらしく普通の海で計算したウェイトをつけても沈まなかったりするそうだ。

スーツはまだ水が冷たいので長袖長ズボンのフル・ウェットスーツ。
だからウェイトもたくさんつけないといけない。

最初はベルギー人のガイドのSamと一緒に潜る。
ウェイトをつけて5Mばかし沈んでみる。
足りないからちょっと足して、また少し沈んでみる。
というような調整を行った。

そして、その後いよいよ水中へDive。
タイで潜ったばっかりなので、全然問題なし。

透明度は極めて良く、遠くまでクリアに見える。
だから、サンゴも魚も鮮明に見える。
さすが紅海、世界のダイバーの憧れの地だけはある。
これはボートの上からだけど、それでもこんなに透き通ったブルー。
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スキルチェックなダイビングだけど、20Mまでは潜った。
潜った時間は50分。
まあ、それほどAirの消費も早くなく、いい感じだったのではないだろうか。

2本目のガイドはエジプト人のAmed。
彼はイギリスにいたのか、全くのBritish Englishだ。
Amedのブリーフィングはとっても分かりやすく説明も面白い。

ちなみにエジプトはその昔、大英帝国の植民地だった(と思う)ので、エジプト人はイギリスに特別なビザを持たなくても行けるし、仕事もできる。

2本目もだいたい1本目と同じ。
小さいナポレオンフィッシュと背中に青い模様がある’えい’、ブルースポット・レイも見た。


こうして1日目のダイビングは無事終わり、心地よい疲れとともにホテルに戻ったのだった。
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by yyaby | 2006-05-26 00:49 | おたのしみ
エジプト博物館を出ると、少し薄暗くなり始めていた。

ひとつやらないといけないことを思い出した。
明日の朝からダイビングの予定だけど、時間を聞いていなかった。
電話しなくちゃ。

公衆電話はカード式なので、そのカードをまず探しに行った。
博物館の裏にあるHiltonの隣のモールみたいなところに売ってるというので、50EP($8程度)のやつを1枚買った。
この公衆電話カードは国際電話もかけれるから便利だ。

「明日から4日間のダイビングの予約をしてるんだけど、明日は何時にいけばいい?」
「朝9時にショップに来てくれればいいです。」
「あ、そんな遅くていいんだ。」

フライトは遅いけど、朝も遅いから良かった。
正直、ダイビングは朝早い時が多いから、7時出発とか言われたらやだなぁって思ってた。

しばらくモールとか博物館の隣のみやげ物屋とかウロウロしてたけど、特に買いたいものはなかった。
シェパードを連れた警察が建物の前にドラッグの検査のために立っていたので、「撫でていい?」と聞いた。
「いいよ。」というので、頭をナデナデしていた。
おとなしくてカワイイ。 撫でられて頭をちょっと傾け、嬉しそうだった。

すると、警官が、「この犬は$1くれと言っている。」
「へ?」
「$1ほしいんだってさ、チップとして。」

勿論あげなかった。
これが、”ほんとクズ、エジプトの警察って。”と思った最初のエピソードだった。
英語のBlogでも前に書いたが、マジでこいつらはしょうがない。
それはまた後のカイロ編で書く事にしよう。

迎えの車のオヤジが博物館に来たときにはもう暗くなっていて、そして気温もグッと寒くなっていた。
日が陰ると一気に寒くなる。 これが砂漠の気候か...と初めて体感して分かった。
ちなみにスネも手の甲も半日にしてパリパリにひび割れた。
湿度0%ってこんなに凄いものなんだ。


車に乗って空港に向かうが、オヤジは、
「どこどこに寄らなくていい?まだ時間あるし。別に追加料金はいらないから。ちょっとTipさえくれれば。」
「いらない。空港に行って。」
「じゃあ、○△は?近いよ。」
「行きたくないから。とにかく空港に行って。」

いちいち断るのも面倒だ。

空港は着いた時のとは違う空港だった。
そしてそれらの空港は、こうやって車で行ってみるとかなり離れている。 
勿論、到着時のロビーには、案内とか”シャトルバスはこちら!”みたいな親切なものなんて無かった。
到着して乗り継ぎって結構面倒かもしれなかった事に気がついた。(とは言っても成田に着いて羽田で乗り換えないといけないのよりはずっとマシかもな。)

こっちの空港は新しくできたものらしい。
建物も中もきれいだ。

時間もあるし腹も減ったので、Coffee Shopでムサカを食べた。
以外にうまかった。

チェックインできるかと思って行ったが、早すぎてまだ受け付けていなかった。
でも10分ぐらい待ってたら受付はじめた。

何回か荷物のX線チェックと通り、ゲートの待合ロビーへ。

ボーッと椅子に座っていたけど、知らないうちに寝てしまった。
眠くなりはじめた記憶すら全く無い。

いつもは荷物を足の下にしたり腕にかけたりして寝たりするのだけど、今回は寝ようと思って眠ってしまったわけではないので、大きな荷物のほうは目の前に置いたままだった。

目が覚めて思ったこと。
しまった、荷物!

でもちゃんとそこにあった。

’うかつ’ってこういう事をいうんだなーってその時思った。
実は旅の間、スキだらけだった私。
盗難に会わなくてラッキーだったと思う。


10PM、飛行機にようやく乗れた。
シートベルトをしてからまた記憶が無くなり、気が付いたのは離陸した時の飛行機のショックだった。


荷物がコンベアーで運ばれてきて、次は面倒なTAXI。
何で面倒かというと交渉しないといけないから。
ぼったくられても気分が悪いし、安い値段までこぎつけるのはなかなか大変。

Dive Shopで相場を聞いた時は、地元民なら20~30EPだけど旅行者なら多分80~100EP取られるだろう、とメールで返事が来た。
夜も遅いし、別に地元民レートじゃなくてもいいけど100EPも払いたくない。

聞くと70EPという。
わたしが50EPと言うと、そんなんじゃ誰も行かないよと言う。
「だって普通はもっと安いはずでしょ。」とクレーム。

揉めてると別のオヤジがやってきて、「じゃあ間とって60ね。」と仕切る。
最初に50から切り出したから、もう60でいいや。 と車に乗った。

暗ーい砂漠を通り抜ける道路をしばらく走っていくと、そこはカイロとか比べ物にならないくらいキラキラした大きなホテルが立ち並ぶエリアに入った。
シャルム・シェーフは、中東有数のリゾートなのだ。

小高い丘のカフェではエジプト音楽のライブが流れている。
人々は小奇麗な格好で飲んでたり、屋外テーブルのカフェでシーシャ(水タバコ)を吸ったりしている。
こんな時間でも通りは人でいっぱいだった。

汚い格好をして大きなバックパックをしょったアジア人な私は、華やかなBarやレストランの並ぶ通りを歩いているのがえらく浮いていたようで、ジロジロ見られた。


ホテルにチェックインし、部屋に案内された。
部屋は広くてとてもきれい。 
まあ値段もそれなりに高く、決して貧乏旅行用ではないのだけれど。

さっさと横になり、ようやくシンガポール到着以来の安眠の場を手に入れてホッとした。
そして、また深ーい眠りについた。
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by yyaby | 2006-05-25 02:08 | おたのしみ
自称”政府公認”案内役のオヤジは案の定ツアーデスクに連れて行った。
私も時間つぶしをどうしようか考えていたので、付いて行って話を聞く事にした。

小部屋に行くと、案内役のオヤジが去っていった。
かわりにとーってもニコニコして机の向こうからデブおやじが、「やあ、ようこそエジプトへ!」と握手のために手を差し出す。

「時間つぶしにどこか行こうと思うけど、何かある?」
「ギザのピラミッドはどうだ?」
「ピラミッドは後でいくから今は行かない。」
「そうか。でも半日コースだからピラミッドがいいと思うよ。」
「だから後で行くから行かないんだってば、今日は。」

「博物館は?」
「エジプトは博物館の事? それはいくら?」
「博物館とOldカンロと○×博物館を回って$80。」
「高すぎる。そんなにいっぱい行きたくないから博物館だけでいい。」
「それじゃあ時間が余るよ。」
「いいいい、博物館だけで。いくら?」
「$50。」
「高い。そんなに払えない。」
「$40。」
「$30だったら払ってもいい。」
「博物館のチケット込みの値段なんだよ。」
「じゃあチケットっていくらなの?」
「40EP」 (<=驚く事にこれは本当の値段だった!)
「そんな高くないじゃん。$30しか出すつもりないから。」
「OK,OK。$30でいいよ。担当の運転手呼ぶから待ってて。」

相場を知ってる人なら$30でもすごく払いすぎ!とわかるだろう。
本当にこれは払いすぎなのだ。
空港前のTAXIを捕まえて、博物館に行って、またTAXIで空港に戻ってくれば、全部で$20もかからないだろう。
ただ私の場合、大きな荷物という問題があったので、荷物を抱えながら何時間も博物館なんて見れないし、かと言って荷物を預けるクラークなんてものがあるのとは思えなかったので、仕方なかった。
そして、ガイドブックには書いてあるけど、相場なんて着いてすぐには分からない。

博物館に行って分かったのだが、荷物のクラークはないけど、カメラが持ち込み禁止となっているので、それを預ける場所がある。
そこでTIPでも渡せば預かってもらえただろう、と思った。


TAXIおやじは、私を自分の車に案内する。
空港を出たそこは青く晴れた空と乾いた空気と広がる砂漠だった。
砂漠は砂というよりも、岩がごろごろした植物のまったく生えてない荒涼とした土地のような感じ。
気温は乾燥してるのもあって、涼しいというよりは寒かった。

TAXIは汚ったないバンだった。
中も掃除されてなくて汚い。そして埃だらけ。
日本からのツアーだと綺麗な観光バスでの移動だから経験しないと思うが、こういう観光のための車や街を走るTAXIは汚い。
きっと掃除してもこの砂漠の埃ですぐ汚くなるから、無駄なのでやらないんだと思う。
車はも古くて、オートウィンドウなんて皆無だし、手で回して開ける窓のその取っ手すら無い車がほとんどだった。

普通TAXIを捕まえたりすると後ろに乗るが、こっちでは乗客が前に乗る。
話すのが好きなだからか何でかはわからないが、皆そうしてる。

オヤジが前に乗るようにドアを開けるので、助手席に乗った。
勿論シートベルトはしっかり閉めた。

エジプトに行った人に是非試してほしいのが、このローカルタクシー。(こんなツアーのでも可)
そして助手席に乗って、恐ろしく荒い運転とそれぞれが自分勝手な道路中に広がる車とのカーチェイス、そして車無視の道路横断の人々とのかけ引きを楽しんでみてほしい。
下手な遊園地の乗り物よりもハラハラの連続だ。
車を運転する人なら、右足つっぱりっぱなしなのは言うまでも無い。(アクセルじゃなくて勿論ブレーキ踏むためね)


思いもしないアトラクションを行きしなで楽しむことになってしまったが、まもなくしてエジプト博物館に車が着いた。
外はこんなの

数年前の地球の歩き方にはカメラ持込はお金を払うと書いてあったが、全面的にダメになったみたいだ。
預ける事に不安を感じたが、みんなそうせざるおえないので、預けている。
ちなみに出たあとにはちゃんと預けた2台のカメラは受け取れた。

中に入る。
館内案内のパンフレットみたいなものは一切ないので、ガイドブックを頼りに見て周る。
1階には大きな像や彫刻たちがずらーっと展示されていて、圧巻だ。
説明書は細かくてよく読めないので、この際無視。
石棺もたくさん展示されている。

2階は小さなものが中心だけど、ツタンカーメンの墓から出た黄金の秘宝を展示してある部屋や、代々の王や王妃のミイラが展示されている部屋(有料)がある。

黄金の秘宝は一番の見どころだったと思う。
とにかくキンピカ。ぜんぶGold。細工もすごく細かくてまさに芸術品だ。

古代エジプトの王たちで一番自己顕示欲が強かったラムセス2世という王がいる。
この人はやたら自分の像を、それも巨大なのをいたるところに作らせた、今で言えば不動産王ドナルド・トランプ風な王様だった。
そのラムセス2世やその王妃のミイラが展示されている部屋も行ってみた。
有料で入館料の2倍以上の結構なお値段。
確かに何千年も前のそれはそれは有名な人なのだけど、こうやって見てみると小っちゃいシワシワな物体でしかなくなっていて、しかも世界中に人々にさらされて、ちょっと何だかなぁって思ってしまった。
正直、別にこんなに高い入場料払ってまで...って少し後悔した。

2階には最古のパピルスも展示されているが、部屋番号がとびとびでかなり見つけにくかった。
でも見つけて、一応見た。

とにかくこの博物館は見るものがたくさんあって、そんでもってあんまり整然としていない。
物置?って感もあるが、きっと採掘したものが多すぎて置く倉庫も無く、もてあましてるに違いない。
いくらか売って増築費用にでもすればいいのに...と思った。

もう大体見てまわって、閉館時間も近づいてきたので、博物館から出た。

この後シャルムに行くまでについて次回に。
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by yyaby | 2006-05-23 01:42 | おたのしみ
バーレーンからは数時間でカイロに着いた。

エジプトではビザが要る。
といっても空港で申請する観光ビザだ。

15USDを窓口で払ってスタンプをもらうのだが、その窓口と思われる銀行が数軒並んでいて、それぞれで客引きをしている。
だから、知らない人はみんなビザの窓口なんて思わなくって、怪しい両替所として思ってないだろう。

入国審査は、日本人もいっぱいくるエジプトだから慣れたもんで、日本語で「スタンプ ナメテ パスポートニ ハッテ」と言う。

そして、入国審査のゲートを出た後にトイレに行く。
いるわいるわ、水道の水出して待ってたり紙をもって待ってたりするTIPせがみオバちゃん。

別にここでTIPをあげたくないわけじゃないけど、エジプシャンポンド(EP)をもってないので、あげようも無い。
無視してもいいんだけど、「どんなおカネでもいいからちょうだい、ちょうだい。」というので、バーレーンの空港で飲み物を買った時のお釣りでもあげた。
どうせ使いっこないし。


実はこの日のうちにシャルムシェーフという紅海に面したシナ半島の先端に行く予定になっている。
取ってあるフライトは10PM!
今の時間は2PM。

もしかしてそれより前のフライトが捕まえられるのではないかと思って、公衆電話を探すが、どこにも無い!
世界中から人がやってくるInternational Airportで、公衆電話ひとつも無い。

それどころか、建物もえらい古くて汚く、BaggageClaimの案内も公共交通機関のサインも、なーんにも無い。

そこにいるのは、本当なのか自称なのか分からないが、’政府認定’案内役のオヤジたち。
オヤジたちの仕事は、観光客のHelpというよりも、観光客を空港内のツーリストブースに連れて来る客引きみたいなもん。
というよりズバリ客引き。

分かってはいるが電話も無いんぢゃあどうしようもないので、寄って来るオヤジに「シャルム行きのエジプトエアーの早いフライトを捕まえたいんだけど。」と聞いた。
オヤジは空港の内線専用な電話でエジプトエアーに聞いてくれる。
「フライトは10PMの前は2:30PMしかないそうだよ。もう時間がないからダメだ。」

まあエジプトエアーだからそうかもな、と思った。

このエジプトエアーという航空会社、悪い噂はあっても良い噂はひとつもない。
まず一番ダメな点。 Internetで情報開示していない。 信じられないがフライトのスケジュールでさえしてない。
そんなだから勿論Internetでチケットを買うなんて事もできない。
次にダメな点、すごく高い。国内線を運行している唯一の航空会社なので独占状態。
一般的に外国人プライスを設けていて、すごーく高い。
その他のダメな点は、本数も少なくて、チケットも数ヶ月前でも売切れてしまう事。

こんなしょーがない航空会社を使わないといけないから、旅行会社にチケットを買ってもらわなければならなかったのだ。


エジプトという国、アラブな世界&興味深い観光地満載で、楽しかった思い出もいっぱいあるが、ここで先に悪いところを述べておこう。

エジプトは、”国をあげてのサギ師集団!”。

何でというと、わざとあらゆるシステムを分かりにくくしている。
そして、わざと旅行者が自分たちで旅行しにくいように工夫!している。
そこへつけこんで金儲けをしようとするのを、国をあげて行っているのだ。

この国際空港しかり、有名な観光地しかり、交通機関しかり(地下鉄はOKだった)、ホテルしかり、、、。

しかし、少しフォローをするならば、彼らは騙そうとしているつもりは全く無く、常に交渉の場が前提にあるのだ。
いやならNoと言えばいい。 だた自分たちでやろうとすると労力と時間がかかるのだ。

ちなみに彼らの押しは半端じゃなく強い。 マジでしつこい。 でもNOと言うか無視すれば別にどうってことはない。 きつくNO!といえばそれ以上はまず近寄ってこない。
きっと人を無碍に扱えない日本人にとっては結構難しいだろう。


エジプトをコケ下ろしてるが、一般的に貧しい国は大なり小なりそうかもしれない。
ペルーに行った時も国際空港は同じだった。 
観光客に寄って来る人たちも似たようなもんだった。
旅行者からカネを出来るだけ巻き上げようというのが、彼らのビジネス。

そう、それはビジネスなのだ、彼らにとっては。

でも、それが彼らの日常なんだし、文句いったところでしょうがない。
逆に、そういう文化や常識の違いを身をもって体験する事も、一人旅のお楽しみのひとつなのだ。


いろんな点でおもしろかったエジプト。

これからの約2週間の旅がここから始まったのであった。
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by yyaby | 2006-05-22 01:02 | おたのしみ
ちえちゃんと別れた後、バスでゲストハウスに戻って、シャワーを浴びた。
歯も磨いた後、みんながくつろいでいるリビングみたいなところの隅で荷つくりをした。

荷つくりと言ってもでっかいパックパックに押し込めるだけだけど、ガイドブックもでかいのが3冊あるし、タイで買った水中メガネもあるし、そして衝動買いのお土産まであるので、整然と詰めないとチャックがすんなり閉まらなくなる。

再び大きな荷物を担ぎ、夜のシンガポールの道を駅に向かって歩き出す。

Raffles Hospital、マッサージ屋、西友、とこれまでに行ったところを抜けて電車に乗った。

電車は夜11時も近いのに混んでいた。
荷物が大きいので邪魔にならないように気を使ったがやっぱり場所を取ってしまう。
でもNYや東京みたいにあからさまにイヤな顔をする人はいない。

乗った電車は途中で2方向に別れていて、空港直通なほうなのか乗り換えが必要なほうなのかがわからない。
向こうに地図があって、乗り換えの駅を確認できればいいんだけど、混んでて動けずそして遠すぎて見えない。

近くにいた男の人に聞いてみる。
「これは空港行きですか?」

その男の人はすぐ降りるのか、よく知らないみたいだった。
すると、近くにいた女の人が、
「乗り換えを○△駅でしないとダメよ。その駅まではあと3つ。」

「ありがとうございます。」と答える私。

その人親切にもその駅のひとつ前の駅では、「次の駅だからね。」と教えてくれ、降りる直前には「向こうのホームが空港行きの電車だから。」と指示してくれた。
そして最後に日本語で「さよなら、またシンガポールに来てください。」と言った。

すごく親切な人。
日本人って分かったんだ。

シンガポールに人って何だかPureな親切さがある。

ちえちゃんが日本語教えてる学校の生徒さんがこう言ったそうだ、
「先生のお友達来るんでしょ?夜遅かったりしないの?車で迎えに行ってあげようか?」
ちえちゃんが良い先生だという事も勿論大前提だけど、どこの誰がそんな見ず知らずの人のために迎えにいってあげようなんて思うだろうか。


シンガポールは第2次世界大戦前に日本に侵略された国だ。
韓国や中国しかりで、何十年たってもギャーギャー言ってきてもおかしくない。しかも中国系が大多数なんだし。
でも、彼らはそんな昔のことよりこれからのいい関係が大事なんだって。
その頃のお年寄りたちとも、その時代の話を昔話のように語りあえるそうだ。

そして不思議なことに、日本人には何故かことさら優しかったりするのだそうだ。


シンガポールという国、国土こそちっちゃいが、その心の広さはどの国にも負けてない。
そして、経済も外交もアジアばかりでなく世界のKeyとなっている。
生活レベルは豊かなのに物価は安い。

これまで行ったどの先進国にもこんな例は無いと思う。


感慨に更けながら空港行きの電車に乗る。
乗客は私のような旅行者がほとんど。 
向かいに、いかにも日本人の駐在員の奥さんとその子供らしき人たちが座っている。

電車を降りたて改札を抜けたあと、私のプリペイドカードがすこし残っているのをあげた。
「これ大した額残ってないんですけど、もうここにいないので使ってください。」
「あ、日本人の方ですか。いいんですか?いただいてしまって。向こうで払い戻しも出来るんですよ。」
「いいんです、いいんです。10ドルも残ってないし。(子供に向かって)パパのお迎え?」
「学校の先生が日本に帰られるんでお見送りなんですよ。」とお母さん。

こんな時間でもお見送りしたいなんて、よほどこの子は先生の事が好きだったんだろう。

お母さんは引き続き、「カード、ありがたく使わせていただきます。何もお返しできないんですけど、これ1シンガポールドルコイン。昔、地下鉄を作るときに土地に傷をつけるから、風水でそれを補うものを国民みんなに持たせようということになって、このコインの絵がそれなんですって。だからお守りがわりに。」

私は、「ありがとうございます。大事に持ってます。」と行って別れていった。


夜の空港が本当にガランとしている。

チェックインの窓口まで行ったけど、搭乗2時間前にならないと人が来ない。
仕方ないので、仮眠でもしようとアラームをセットしてイスで横になった。
寒い...。
空調がきいているので、やっぱりじっとしていると寒い。

せっかくパックした荷物からタートルのシャツやウィンドブレーカー、長いスェット・パンツを引っ張り出しそのまま上に来た。
あぁ、あったかーい。 
しばらく又横になり、何となく眠くなりそうになった時にカウンターがReadyになった。

Gulf Air。
バーレーン(Bahrain)の航空会社で、いかにも中東な名前。 

チェックイン・カウンターのお姉ちゃんは、こんな超朝番にもかかわらず愛想がいい。
あくびしてる私に、「そうよねぇ、こんな時間、眠いわよねぇ。」と話しかける。

バーレーン乗り換えでカイロに入ための2枚のチケットもらい、出国審査に向かった。


飛行機のゲートには、時間とともに中東に人が増えてくる。
女の人はほとんどが頭にベールをかけている。
こんな時間にもかかわらず、小さな子供づれの家族がやたら多い。
多分チケットが安いんだろう。
子供が泣き喚く声がやまない。
この時点で飛行機で眠ることは半分あきらめた。

搭乗すると、最悪なことに後ろの席には2歳ぐらいの男の子とやたら疲れた顔の年取ったお母さん。
私の隣にはオージーのおばあちゃん。

このおばあちゃん、実は80歳を過ぎているのだが、シンガポールで遊び、イギリスの親戚に行き、その後他の国もいくつか周り、と私なんかよりも一人で長旅をしているバックパッカーおばあちゃんだったのだ!
とはいえ、私みたいに汚い格好ででかいリュックを背負っているわけでもなく、カフスのついたブラウスを着、お化粧も髪もこんな時間のフライトでもちゃんとセットしてるような貴婦人なおばあちゃん。

うしろでシートをけりまくる2歳児とその母親について悪口の花が咲く。
私、「せめて靴ぐらい脱がせればいいのに。私の頭まで触ってくるのよ。もう何度後ろ向いて言ってもだめ、あの親。常識っちゅーものが違うのかなぁ。」
おばあちゃん、「そうそう、あの子供ずーーーっとシート蹴って、もう寝れるところじゃないわね。」

引き続き、「だいたい、オーストラリアに移民に来る人たちで一番最悪なのが、レバノン系なのよ。あの人たちはずっと働かないで国の援助受けるだけで、それで悪い事ばっかりして最悪。 これってRacistだと思うけど、彼らにはほんと出てってほしいわ。」とつぶやく。

そうだよねぇ、おばあちゃんたちが頑張って作ってきた国なんだもん、そりゃあ文化も言葉も顔も肌も違うひとたちが、ただただ楽してたら、そりゃあ腹立つよね。

どこの国も移民問題は複雑そうだ。


フライト中は勿論眠れるわけも無く、歯茎の口内炎はますます大きくなって痛み続ける。

でもあきらめてこんな話に花が咲けば、最悪な人たちで頭にくるのも少しは薄れる。

そうしているうちに外も明るくなり、バーレーンに着いたあと2時間弱待って、いよいよカイロ行きの飛行機に乗り込んだのであった。
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by yyaby | 2006-05-21 00:22 | おたのしみ
インド街(Little India)には待ち合わせの時刻より早くついたので、街を散策することにした。

当たり前といっちゃー当たり前だが、インド人やパキスタン人と思われる人ばっかりだ。
実際東南アジアには多くのインド系移民がいるので、そこからの人かもしれないし、見分けは全くつかない。

ボリウッド(インドの映画業界の意)なDVDや雑誌やカセットテープ(ひえ~まだあるのか?!)が並ぶお店があったり、野菜とか売ってるスーパーがあったり、布地の店、アートの店、などなどのいろんな店が並んでいた。

しかし、ここでは特に買いたいと思うようなものは無かった。
ちょっとサンフランシスコっぽい雰囲気なYOGAの教室にちょっと興味をもった。 
なぜなら綺麗でかつヒッピー風だったから。
※でも実はYOGAはやりません。


”名物フィッシュ・ヘッド・カレーでも食べようか”と話していたので、何かいいレストランあるかなぁって歩きながら探してみたけど、レストランってそんなに無い。

地元のオヤジたちの食堂っぽいのが何件かあったけど、日本人女性3人がオヤジに混じって半屋外のテーブルで食べるのも何だかなぁと思って、他を探した。
それにMenuも読めない...。

1軒だけ見つけた普通のレストランっぽいところ。
Menuを見るけどFishとかHeadとかどこにも見当たらない。
出てきたウェイターのあんちゃんに聞いてみると、「ここはベジタリアンのレストランでございまぁす。」と言われて以上だった。

そしてレストラン探しはあきらめた。


待ち合わせの時間になったので駅に行くと、ちえちゃんが来た。
「あかねちゃん来れないって電話あった。」とちえちゃん。
ざーんねーん。

どこに行こうかと話して、レストランは探したけどかくかくしかじかと説明し、結局ChinaTownに行こうと話がまとまった。

電車に乗ってChinaTownに向かう。
ちえちゃんがよくメシを食べるシンガポールの典型的なFood Courtに行って、そのいつも食べるお奨めとやらを食べる事にした。

典型的なFood Courtとは、まるで仕切りの無いショッピングセンターのひとつの階に、小さい屋台の店がずらずらずらーーっと列を成して並んでいて、列と列の間には食べるテーブルがある。
ちなみに寒くは絶対ならないためか、窓は無く外に開放されている。
こんなんです。

設備自体は古いけど、掃除の人がいつも働いていて、床もテーブルもきれい。


ちえちゃんがいつものやつをオーダーしてくれた。
スープの無い、でもスープの絡んだ麺にチャーシューの切ったのが乗っている。
うまい!
麺もコシがあってスープの味や濃さはパーフェクト。 そして何といってもこのChineseなチャーシュー。

もうひと皿はフィッシュ・ボールやはんぺんみたいなのが入ったスープありの麺。
だったと思うが、フィッシュ・ボールとかの具しか視覚に残っていない。
これもうまかった事は覚えている。
写真でも取っておけば、”あー、これこれ!”って思い出せるんだけど、いつもハイエナのように我を忘れて食べてしまうので、無理なのだ。

締めくくりはデザート。

これもいつものやつをオーダーしてくれた。
名前は忘れたが、かき氷に緑のジュンサイみたいな細長い小さいゼリーを入れて、シロップと練乳みたいなミルクと煮た小豆をかけたやつ。
この緑のゼリーは違うお店では黒いのを見た。 その時はゼリーって知らなかったので、甘いのかしょっぱいのか何にいれるのか、全く検討がつかなかった。
あぁ、ここの人もジュンサイ食べるのね、としか思ってなかった。

このシンガポールなかき氷。
このゼリーの食感と全体のNaturalな甘さがとってもいい。 小豆も全然甘ったるくなくておいしい。

上の3品、さすがお奨めの事だけはある。 どれもHigh Level。
しかし、お値段は・・・?

全部で5ドル(USD)な程度!
こんなに安くておいしくてすぐ食べれるなら、家でご飯なんて作らないのは当たり前だ。
私だったら絶対作らない! 断言。

ちえちゃん曰く、「この屋台のおじさんとかさぁ、実は金持ちでベンツなんか乗ってたりするんだってー。」

えぇー、そうなんですくわぁー?!
こんなに安いもんを売ってるのに、そんなでかい儲けがあるのか。

又ちえちゃん曰く、「回転率がとてもいいらしい。すごい数売ってるんだと思う。」

確かに、ほとんどの人が作らないで食べれるんだから、マーケット的にはすごいだろう。 
でも店の数も多いから、競争もさぞかしすごいだろうに。

そうだそうだ、この写真も載せておこう。
街を散策してるときによく寄ったフルーツ屋。
いろんなフルーツをカットしたのがビニール袋に入って売られていて、買ったらすぐ手を汚さずに袋からそのまま食べれる。
フルーツは冷えてて新鮮で、そして味も良し。
フルーツスタンド(と呼んでいいのか)
ごらんの通り、トロピカールなドリンクも作ってもらえる。


腹はいっぱいになったが、まだまだ話したりないので、近くにCoffee Shopに行った。

いままでの事、いまの事、そしてこれからの事。
まあよくも、話す話す話す。 
時間も忘れて、話す話す話す。

そのうち、とても馴染みのあるメロディーがお店に流れだす。
♪ほんにゃほ はーらり ほぉらーらー♪(中国語です)

えーとなんだっけこれ? 
♪まわれ まーわれ メリーゴーランド♪

あぁ、久保田利伸だ!
なつかしぃー。
W浅野のドラマの主題歌だっけー?

などと、また昔に戻って話に花が咲いた。


話はつきないが、そろそろ戻って空港に向かわなければいけない時間なので、Coffee Shopを後にした。

短かったけど2人に会えて本当に良かった。
そして、シンガポールという国を2人を通して感じる事ができて良かった。

あかねちゃん、ちえちゃん、ありがとう。
また会おうね。
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by yyaby | 2006-05-19 11:00 | おたのしみ